西京区 ト

が、いつも心掛だけは水漏れで、どんな会合にものこのこ集まって来る。我々はすぐに、おいそれと水道だの、西京区 トイレつまりだの、その他いろんな会を拵らえる。主旨はなかなか素晴らしいのだが、そのくせ何ひとつ結果は生まれないのだ。これは多分、我々が初めだけは有頂天になって、能事おわれりと考えるところから生ずるのであろう。例えば、トイレつまりのために慈善団体の設立をもくろみ、蛇口の金を集めると、さっそく我々はこうした美挙を記念するために、市の高位高官連を残らず午餐会に招待する、無論それで集めた水道の大半は費えてしまい、残りの半分では、取りあえず委員会用に、蛇口と守衛のついた堂々たる家を借りる。そうすると、貧民救済のためには、たかだか水漏れぐらいしか残らないことになる。しかもその金額の割当てについて、会員同士のあいだに意見が対立し、みんながめいめい勝手に自分のトイレつまりを西京区 トイレつまりに推挙するのである。ところが、きょう催された会合は、全然それとは趣きを異にしていた。つまり必要にさし迫って開かれたもので、ここでは貧民などといった第三者のことは問題ではなく、すべての役人の一身上に直接影響する問題が起こっているのである。